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フリードリッヒ・ベッカーの独立時に、自ら開梱した歴史ある畑がこの「カマーベルク」。戦前から素晴らしいワインを産出し続けた銘醸畑だったものの、質は良くても大量生産向けではないということもあり、戦後になると耕作放棄されてしまうという悲しい過去がありました。しかし、ベッカーの手で再び息を吹き返してからは、当時を凌ぐほどの非常に高い評価を得るまでに至っています。なお、名前の「カマー」は「宝物庫」を意味し、この畑から造られたワインが非常に素晴らしかったため、宝物庫に貯蔵した、というのがその由来となっています。
北側に位置するザンクト・パウルは表土がほとんどありませんが、カマーベルクは表土が少しあるので、相対的に果実感や体躯の柔らかさがより強調される傾向にあります。カマーベルクの試飲はこれまでに何度かあり、今回は数年ぶりの試飲となりましたが、以前と比較すると果実力そのものは控えめになりつつあるものの、内包する各要素の魅力や表情の変化推移など、その根幹にあるアイデンティティは今もなお健在です。
色調はザンクト・パウルよりはやや濃いめで、コアには古酒的なニュアンスを持つ熟成感が出始めているものの、それでもカマーベルク特有の魅力ある果実味が未だに光を放っているので、全体としては非常に生き生きとしている印象を受けます(多少儚さはあるものの、優しくたおやかな系譜)。コアには、ある種ベッカーらしいとも言える、やや素っ気ない硬さが僅かに感じられますが、それでも他のアイテムと比較すると圧倒的に控えめな傾向にあり、何より甘みと旨みが渾然一体となった非常に魅力的な表情と、豊満で柔らかく優しい佇まいのおかげで、全体を通して非常にポジティブな印象が伝わります。
今も昔も変わらず特徴的なのが「表情の推移」で、抜栓直後はやや淡白であまり明確な訴求力を持たないような印象もありますが、時間とともに表情が解れ開花し、30分〜1時間程度もすれば内包する果実の魅力が全開に広がります。グラス1杯で短時間で済ませる一般的なテイスティングだと、内包する要素やポテンシャルを引き出しきれずに過小評価してしまう可能性もあるので、この辺りは細心の注意が必要です。ただし、逆に時間を与えすぎた場合も要注意で、さすがに10年の熟成を経ていることもあってか、翌日に持ち越すと、体躯の軟質さと低めの酸から表情が鈍くなる傾向にあります。ポテンシャルのピークをうまく拾うためにも、受け身にならず、積極的に内包する要素を紐解き享受する姿勢が重要になりそうです。
最高で50年近い古木という魅力もありますが、ベッカーに共通する「コアにあるやや素っ気ない硬さ」を考慮すると、果実の豊かさや魅力に秀でるカマーベルクは全体的なバランスに優れる印象があり、現時点では他のアイテムより一歩高みに位置しているようにも感じられます。とはいえ、端正で落ち着いた品格のあるザンクト・パウル、そしてその中でも最高の区画とされるハイデンライヒも、今後更に樹齢が上がってくれば、本来のテロワールを遺憾無く発揮してくれそうなので、ベッカーJrのさらなる進化と成長も含め、いずれも甲乙つけがたい素晴らしい存在になっていきそうです。
(2017/03)